大阪高等裁判所 平成7年(ネ)1758号 判決 1996年2月28日
京都市伏見区西大手町一〇七番地
控訴人
有限会社アーバン
右代表者代表取締役
濱田辰彦
右訴訟代理人弁護士
島﨑哲朗
同
折田泰宏
同
牧野聡
同
新谷正敏
京都市伏見区深草西浦町四丁目五九番地
被控訴人
アーバンホテルシステム株式会社
右代表者代表取締役
杉本豊平
右訴訟代理人弁護士
小原望
同
東谷宏幸
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、ホテル営業について、「アーバンホテル京都」の表示を使用してはならない。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 右2につき仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張
次のとおり原判決を訂正等し、当審における当事者の主張を付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正等)
原判決五丁表四行目の「差止」を「使用の差止」と改める。
(当審における当事者の主張)
一 控訴人
1 「イン」と「ホテル」の類似性について
一般に外来語が我が国においてどのような事物を連想させるかは、その母語における原義がどうかということによるのではなく、どのような文脈で用いられているかに依存している。外来語としての「イン」が、直ちに一般の需要者に対して小規模宿泊施設を連想させるものではなく、まして英語の意味を知らない一般の需要者が右のような連想を抱くことはあり得ない。むしろ、日本国内での「イン」という言葉の使用状況をみると、「ホリデイ・イン」のような大規模施設に用いられている例があるほか、客室数一〇〇室を超える多数の中・大規模の宿泊施設の名称にも用いられている。したがって、我が国においては、「ホテル」も「イン」も、いずれも洋室を主体とした宿泊施設一般を指すものとして類似性が認められる。
2 「伏見」と「京都」の類似性について
営業表示の類似性の判断は、表示それ自体を抽象的に観察してなされるべきものではなく、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準としてなされなければならないところ、被控訴人の「アーバンホテル京都」の表示は、住所表示(「京都市伏見区・・・」)、宣伝惹句(「京都の南玄関<伏見>」「名神京都南ICより五分」等)、地区分類の記載(受験生向けには「伏見」地区にあるホテルとして紹介)と相まって、「伏見」に所在するホテルであるということを強く印象づけるものであって、「京都」の想起させるものが限りなく「伏見」に近くなっており、控訴人の「アーバンイン伏見」との類似性は明白である。
3 「混同のおそれ」について
控訴人ホテルは、主として伏見区ないし京都市南部という比較的限られた地域であるが、その範囲内においては、企業努力によって、確固とした顧客誘引力を有しているのである。原判決は、被控訴人が大規模に全国展開しているということに目を奪われて、全国規模での混同のおそれがないことから、右の限定された範囲での混同のおそれを無視してしまった。右の限定された範囲では、「混同のおそれ」があることは明白である。
二 被控訴人
控訴人の右1ないし3の主張はいずれも争う。
第三 証拠関係
原審及び当審各訴訟記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、原判決の理由説示のとおりであるが、その一部を訂正等し、当審における主張に対する判断を付加して、いま少し説明を加えると、次のとおりである。
(原判決の訂正等)
原判決一二丁表六行目の「被告代表者本人尋問の結果」から同九行目の「認められる。」までを次のとおり改める。
「乙第六四ないし第六七号証によると、社団法人全日本シティホテル連盟加盟ホテル、社団法人日本ホテル協会会員ホテル、日本観光旅館連盟会員旅館・JTB協定旅館ホテルのうち「アーバン」の名称を用いているホテルは三五店あることが認められる。」
(当審の付加的判断)
1 類似性について
控訴人、被控訴人両ホテルの規模、施設、取引者又は需要者等取引の実情に関する事実関係は、原判決に示されているとおりである(原判決九丁表七行目ないし一〇丁裏八行目)。
しかるところ、控訴人は、控訴人の営業表示「アーバンイン伏見」と被控訴人の営業表示「アーバンホテル京都」は「アーバン」の部分において共通するのみならず、我が国においては「イン」も「ホテル」もともに洋室を主体とした宿泊施設一般を指すものとして使用されている実情にあることや、被控訴人の営業表示中の「京都」の部分も被控訴人の宣伝等において常に被控訴人ホテルの所在地を示す「伏見」ないし「伏見区」の表示とともに使用されていて「伏見」を想起させるものとなっていることからすると、右両営業表示が類似することは明らかである旨主張する。
そして、控訴人が指摘する事実(「アーバン」部分の共通、その規模、設備等その実体においていわゆるホテルと変わらない施設についても「イン」の表示が使用されている実例の存すること、被控訴人の宣伝等において被控訴人の営業表示とともに被控訴人ホテルの所在地を示す「伏見」ないし「伏見区」の表示が使用されていること)は、控訴人主張のとおりであると認められる(甲第二一、第二二号証、弁論の全趣旨)。
しかしながら、「アーバン」なる用語は、元来、原判決にも示されているとおり「都市の」あるいは「都会ふうの」という意味を表す英語の一般形容詞であるうえ、控訴人ホテルや被控訴人ホテル以外の営業表示の中で使用されている例も前示のとおり全国各地で三五例に及んでおり、「アーバン」という表示は前示のような意味で広く一般に使用されている表示であると認められること(右表示を使用する営業主体が同一ないし系列関係等密接な関係にあるもののみであると認めるに足りる証拠はない。)を参酌すると、「アーバン」という表示がもともと控訴人の営業表示に固有のものでなかったのはもちろん、既にみてきた控訴人の営業表示の使用状況を考慮に入れてみても、「アーバン」との表示が控訴人の営業を示すものとして特段の識別性、顕著性を有するに至っているとまでは認められない。そして、一般名詞である「イン」や通常、地域の表示として理解されると思われる「伏見」の部分も、それだけで特段の識別性や顕著性を持つものではなく、控訴人の営業表示の要部となるものでないことは明らかである。
そうすると、結局、控訴人の営業表示は、特段、識別性や顕著性のない一般形容詞と一般名詞及び地域を示す表示を結合させたものにすぎないというべきであり、これと被控訴人の営業表示の類否判断は、右両営業表示「アーバンイン伏見」と「アーバンホテル京都」全体、あるいはこれらの略称ないし通称として考えられる「アーバンイン」と「アーバンホテル」又は「アーバン伏見」と「アーバン京都」、さらには「イン伏見」と「ホテル京都」等相互について、前示のような取引の実情のもとにおいて取引者又は需要者により類似のものとして受け取られるおそれがあるかどうかの観点からなされるべきものと考えられる。
しかるところ、右の判断にあたって、原判決に示されている「イン」と「ホテル」の語義の違いや「伏見」と「京都」との地域表示の差も無視し得ないものであるが、仮に控訴人の営業表示と被控訴人の営業表示との間に、一部観念において共通ないし類似する部分(ともに「都市の」、「都会ふうの」との観念を生じさせたり、洋室を主体とした宿泊施設、京都地方ないしその一部を想起させるといったような点において類似するところ)があるとしても、右両営業表示を前示のように全体的にあるいは略称ないし通称としてみた場合、その外観、称呼は明らかに相違し、右のような表示をみた前示取引者又は需要者(控訴人ホテルにおいては、主として地元企業へのビジネス客で、総客数の三〇パーセントが個人の常連客、六〇ないし七〇パーセントが法人予約の利用客、被控訴人ホテルにおいては、全国の旅行代理店を介してのビジネス客及び観光客)がこれらの表示を別異の表示として識別することは十分に可能であり、右両営業表示の間に類似性があるとは認め難いというのが相当である。
2 「混同のおそれ」について
控訴人ホテルの営業表示「アーバンイン伏見」と被控訴人ホテルの営業表示「アーバンホテル京都」との間に誤認混同のおそれがあると認め難いことは、原判決に示されているとおりである。
すなわち、右両営業表示には類似性がなく、識別性があることは前示のとおりであるから、控訴人の営業表示が広く認識され周知性を有する京都市伏見区及びその周辺地域に地域的範囲を限定してみても、営業主体の混同を生じさせるおそれ(狭義の混同のおそれ)があるとは認められず、両営業表示の営業主体間に親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させるおそれ(広義の混同のおそれ)があるとも認められない。また、原判決に示されている予約ミス等の事実も、取引者又は需要者が通常払うべき注意を払っても防ぎ得なかったものとは認められず、右のような事実があるからといって直ちに「混同のおそれ」があると断じ得ないことは、原判決に示されているとおりである。
二 よって、控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 竹原俊一 裁判官 長井浩一)